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”エスマ” "SMA" (スケーター・サーファー・作者 skater/surfer/author) はオーストラリアのヴィクトリア州の西部に生まれた。人口が10,000人の山や川、羊、農場に囲まれたしずかな町で育てられた。3歳のときにやりたいコトがわかって、サーフィンのためにリーバイズのジーンズ切って、サーフパンツにした。
ところが、彼は海のない町に住んでいた。そこでおばあちゃんにスケートボードを買ってもらった。そのおばあちゃんのお陰でスケートボードの生活が始まった。赤いイタだった。それがすべての始まりだった。
彼の伝説的なステータスがカルト的にまでになり、世界中に彼の名が知れわたった。皆さんがすでに知ってる事を繰り返すと今でも彼はこの世界の巨人なのだ。彼は色んなニック・ネーム、’コッバー、シャンクス、エスマ’で知られている。セッションには必ず参加して、スタイルはアグレッシブでしかも、いつもスマイルしながらやってる。マイケル・ジョーダンでさえも彼と同じぐらいの偉業を達成しなかった。それほどエスマの名前は至る所で知られて”ハードコア”と同義語になってる。
エスマのスケートボード・スタイルは デイモ(親戚なんかじゃないよ)、スタッブジ、ハッザ
と ドレイに影響された。彼らにはお世話になって、とても感謝している。彼らのせいで有名になったコトを忘れずに”あいつらは最高だよ、オレのアイドルだ。彼らがいなかったら、オレはまだ田舎にいるだろう”とエスマが言った。
”あいつらはマジでヤバイ。世界一イカシたスケーターだぜ。あいつらほどいい友達はいないよ。”最後に、”いいセッションをよく知ってるよ。”と言った。以上!
めったに人を誉めない彼らがエスマだけにはこんな風に言ってるんだ。。。
DAMO:デイモ
"my man, this man is my cousin, no,
brother. I love this man. I love
this MAN."
この男、この男はオレのいとこ。いや、ブラザーだ。彼は最高。彼を愛してる。
"Shit hot with all the skating."
スケートはヤバイ
"It's good. NO. It's sick. It's gotta
happen. You can sit around talkin'
or you can SKATE around."
いいぞ。違う、ヤバイ。スケートの話ばかりするのか、実際にスケートするのか。オレはぜったいスケートボードやる。
"We are hard people."
オレらはハード・コア
STUBBSY:スタッブジ
"You (sma) the man"
お前かっこいい
"My friend is one crazy individual.
They don't come much better than
sma"
僕の友達はクレージなやつだよ。彼よりいいやつはいないぞ。
"You know you're in with a good chance
when you've got sma in your
corner"
エスマがいればなんでもOKだろう
HATHA:ハッザ
"Who is he?"
エスマってだれ?
DRE:ドレイ
"sma? Silly bastard wasting his time
on a computer while there are
millions of Asian chicks waiting for his
attention."
エスマ?バカだよ。彼のことを楽しみに待ってるオリエンタルの女はいっぱいいるのに、かれはパソコンばかりやってる。。。
皆の誉め言葉を聞いたあとで、エスマが”あいつらの話の中にちょっと出てきただけでぼくはとてもうれしい。。。もう幸せよ”と言った。
最近、エスマのスケートボード以外の気晴らしはボディーサーフィングとフィンガーボーディング。それらの専門誌においては悪い評判なんて出てないほど、”エスマはできないことってあるのか”と言う風に思われてる。こう言う風に思われてる訳は彼の素質、がんばり、100%出し切る精神力があるから。
スノーボードのメーカーからプロ・モデルも出ると言う噂もあったが、エスマの控えめな性格から、それをすべて否定した。。。”スノーボードってなに?したことないよ。”
現在、”人生の意味”を探すために、エスマは人里離れて住んでいます。早朝にスケートボード・セッションをやってるエスマをたまに見たコトがあるでしょう。そういうセッションができて、エスマはいいと思ってるようだけど、エスマはもっと大きいなセッションを期待してるんだ。。。”オーストラリアのフィツロイ・ボールでのバーベキュー(BBQ)セッション”このセッションは昔からのフィツロイ・ボールでスケートボードやりながら、バーベキューをするセッションのこと。この”バーベキュー・セッション”が起こるかどうか、少数の人しか信じてない。エスマはそれを信じてる一人。
最後に、なぜスケートボード・サーガー(武勇伝)を書いたかと聞かれたときに、エスマが”どうしても書かなきゃならない話だったんだ、傑作になるのは当然だった”と言った。それで、チョーまじめな顔をして、”友達のために書いたよ、チームGGと世界のみんなのため書いちゃったよ。”
下の写真:友達のためにやってるエスマ。。。。。写真家:デイモ

1989年2月
フラントサイド・グラインド。チョーこわくて深いコンクリート・ボール
1988夏オーストラリアのQLD州スケート・ツアー
写真:ドックおじいさん
1992年
パーキング・ブロックからノー・コンプライ。
メルボルン市のリチモンド区、ヴィクトリア州、オーストラリア。
写真:デイモ

1998年12月
日本の神奈川県の桜木町のランドマークタワーの8だんレイル・スライド。


1999年9月23日(上)と10月23日(下)
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